羽根屋は、出雲そばの中でも「献上そば」という伝統を重んじ守り抜く本格的な手打ちそばの店です。

献上そば「羽根屋」とは

羽根屋のこだわり

江戸時代末期に創業。大正天皇をはじめ、数々の御皇室の方の御食膳に供する光栄に浴し、地元は勿論、遠来の御客様にも大変好評を得ております。 代々受け継いだ伝統を重んじ貫くことを基本に、新しいものも取り入れ、美味しいそば作りのため日々努力しています。地元の素材を生かした地産地消のそば作りをしています。

店主より、皆様へ

弊店は江戸時代末期に創業いたしました。出雲そばは、蕎麦の殻の部分まで挽き込んであるため、香りが高く、風味の良いそばが出来ます。石臼で製粉し代々受け継いだ手打ちの技術で、喉越しが良く、香り高いそばを打っています。古き良き伝統を守りながら、その中に新しいものをとり入れ、お客様に喜んでいただけるそば作りに努めています。どうぞ手打ちそばの高き香りをご賞味下さい。

有限会社 羽根屋
代表取締役 石原 健太郎

「献上そば」の由来

献上そば

明治四十年五月二十七日、大正天皇がまだ東宮の御時、山陰地方に行啓され出雲市に御宿泊になった折、弊店のそばをさし上げたところ、田園の香りをうつしたその風味がことの外御意に召し、それ以来このそばに「献上そば」の名をお許しになりました。

さらに昭和四十年五月十一日には、昭和天皇・皇后両陛下山陰行幸啓に際し御夕食の御食膳に、又昭和五十七年十月十五日には、上皇・上皇后両陛下が東宮の御時、御食膳に供する光栄に浴しました。
尚、その間昭和四年十月には梨本宮守正王殿下、賀陽宮恒憲王殿下に、昭和十三年四月には東久邇宮妃聡子内親王殿下に、昭和三十三年十一月十九日には秩父宮勢津子妃殿下の御食膳に供する等、数度の光栄に浴しました。

献上そばの由来

割子容器の変遷

明治初期の割子容器

明治初期の割子容器

明治中期の割子容器

明治中期の割子容器

木製八雲塗り割子容器

木製八雲塗り割子容器